2015年 2月号 no.133 3/3

             鳴鴻渡海


       散曲六首       中国長沙 段樂三

     [中呂・陽春曲]懷念曲師羊春秋

         一

  當年“文革”心孤陋,尋找空閑學府遊,打聽師長没能求。公被鬥,驚恐半生惆。

         二

  陽光燦爛勤為首,當好公差忙不休,想學散曲訪師樓。難久守,師逝一生愁。
 (注)羊春秋,曾任湘潭大学中文系主任,中国散曲研究会首届理事長。

     [双調・快活年]社区小樂隊

  蕭悠笛漾配琵琶,胡琴為主拉,張爹李奶綻心葩。養老無牽挂,快樂同瀟灑,常表達。

     [双調・快活年]全家旅

  兒孫閑裡一同娛,娛遊高鐵旅,神州大地讓心舒,外國航空去。勤照全家福,留樂趣。

     [仙呂・后庭花]動物園

  籠囚動物園,分明行鐵權。人畜皆同類,和平互戴天。想撈錢,心中無善,還容何自然?

     [仙呂・鵲踏枝]斑鳩咕咕

  早咕咕,晚咕咕,斑鳩贊美花臺,歡欣與我同居。巢中鳥為子精心哺乳,瞧瞧小斑鳩也在咕咕。

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     漢俳十首          德国 呢 喃

      世界漢俳

  四海興漢俳/以文會友樂開懷/吟唱不徘佪

      月

  風吹花凋謝/物是人非星空夜/滿眼思親切

      回 家

  回家路漫長/思親無語心憂悵/團圓在他鄉

      人 生

  是本糊塗賬/酸甜苦辣鹹無度/樣樣穿肚腸

      路

  漫漫人生路/崎岖蜿蜒峰又轉/幸福莫迷途

      嘆 潮

  潮前水後追/塵事如潮人如水/夢醒人還醉

      養 生

  習慣徒步走/少肉多菜人抖擻/健身亦長壽

      失 約

  愛蜜語甜言/喜新厭舊人貪婪/恨分飛勞燕

      情 殤

  愛你我不分/地老天荒情難甄/恨老死不聞

      十 德

  仁義信禮智/文明傳承享譽世/忠孝勇廉恥

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     漢俳十首          美國 王克難

      詠 梅

  紅梅枝頭唱/千山萬水情意長/朵朵訴芬芳。

      2014年上元、情人節同日

  玉兔東升高/上元、情人佳節好/天涯共良宵

      回 家

  日夜念回家/近鄉情怯思如麻/兩行清淚下

      失 約

  前日捎書約/門前車馬終日多/細雨燈花落

      弄 潮

  潮起潮落好/碧海萬傾風光邈/人生無限妙

      第一次世界大戰

  緬懷眾英烈/碧血黃沙魂不散/遍野紅罌粟

      羅爾卡的安達盧西亞

  橄欖苦橘多/格拉納達兩條河/血淚流相和.

 (費德里科加西亞‧羅爾卡Federico García Lorca (1898-1936) 西班牙二十世紀最有名詩人之一, 38歲為獨裁者弗郎哥謀殺. 生、死、寫絕西班牙的安達盧西亞.)

      2014巴西世界杯足球賽

  萬頭齊轉動/一球踢進立大功/全世界歌頌

      養 生

  家父王建今/一零四歲方往生/日日太極拳

  家母王左錚/年近九十蒙主恩/日日八段錦

 (家父王建今,中央政治大學、日本早稻田法學院畢業.中華民國檢察總長十七年﹐任教東吳大學等數十年。家母王左錚,早年留學日本.與家父結婚六十七年,除會計工作外,並培養子女六人,皆大學畢業, 從事法律、寫作、會計、電機、電腦、服裝設計工作)

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     漢俳十首          澳洲 心 水

      春香湖

  鳥聲落山谷/櫻花幽香飄滿湖/倩影繞雲霧

      嘆息湖

  松風四季鳴/彷似孤魂訴悲情/嘆息定湖名

  (註)大叻山城距胡志明市三百公里;春香湖於市區附近,嘆息湖在效區數公里外。

      秋 色

  葉似蝶兒吟/小城清幽燈昏沉/秋風剌骨深

      晚 秋

  斜陽西邊笑/晚秋霞光迎歸鳥/但聞風嘯嘯

      雨後新荷

  夏雨浣紗窗/郎情妾意配成雙/明月照客床

      含苞待放

  感君情意濃/百花含羞待春風/虛渺浮生夢

      甘露普潤

  花蕊笑春濃/腳踏蓮步放輕鬆/默念如來頌

      喜獲佳孫

  黃家獲佳孫/英氣俊逸臉如春/歡樂心滋潤

      蟬 鳴

  仲夏蟬聲急 /烈日斜照無風雨/故鄉盈春意

(註)墨爾本盛夏卻是中國農曆春節。

      參 襌

  更殘寒冬靜/行住坐臥苦參襌/悟夢幻泡影

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     詩詞 十四首           中国浙江省 夏 凱

(詩)
      春 雨

  簷花溜春雨,燕子剪風歸。浪疊弦聲澀,山浮墨色飛。
  玉條如此折,清影奈何違。世上皆殘夢,生涯半飾非。

      獨居寄石倉秀樹

  地僻餘心遠,寂寥無客過。秋中頻木落,病裏漸愁多。
  月冷爐煙鎖,更深雨點和。雁書歸來日,世味近如何。

      秋吟歩『獨居』韻寄夏凱      石倉秀樹

  山徑猿啼處,騷人求句過。金秋探幽促,白首避煩多。
  眼下湖光耀,筆頭詩韻和。旗亭看箋紙,酒味好因何?

      山雨次金笠看山韻寄石倉秀樹

  一時山欲拔,四處雨交加。漸濕秋天路,初寒日暮家。
  墨痕不復矣,或在楚聲耶。趁霧窺玄豹,管中斑點斜。

      臥遊春夜山中泊次金笠看山韻寄夏凱 石倉秀樹

  夢想騎驢馬,花間興趣加。櫻雲撒香雪,蹊徑到山家。
  老叟仙人矣,濁醪雲液耶。醉聞鷄破曉,星滅月輪斜。

      徑山寺寄石倉秀樹

  高僧亦自閒,誦經方丈間。鬱鬱松何老,蕭蕭竹盡斑。
  疏鐘殘雪寺,孤枕斷雲山。對此心源淨,不須長閉關。

      邊秋歩『徑山寺』韻寄夏凱     石倉秀樹

  日照鏡湖閑,風光隔世間。蝉語皆鳴盡,波漣轉闌斑。
  夕暉依嶺岫,晩境念江山。千里官遊老,明朝過谷關。

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      題梅花贈王燕

  美人囑我賦梅花,屏上題詩字跡斜。似此孤標難寫出,一枝清艷倚窗紗。

      題梅花贈王燕

  東君不識梅花面,誤作姑山處子看。天上紛紛裂玉帛,人間冰雪步珊珊。


      言 懷

  幾度翟門生碧苔,才逢白雀又飛來。纏綿還與燒心字,相思知從歷劫灰。
  別後清輝尚彈指,醒時花片不離腮。可憐柳眼俱青色,尋得春風特地回。

      閒 情

  乘興衔杯中聖明,吟余麗句繞江城。萬重煙柳藏身影,一片桃花忘姓名。
  計日蜂衙淑氣暖,經年蜗舍好風生。流連不覺歸來晚,只道青春倍有情。

      春日和金炳淵嶺南述懷次韻寄石倉秀樹

  當年落拓獨登臺,此日逢花次第開。江上青山如髪束,風中白鳥似箭來。
  一生詩膽吟千里,九曲愁腸進百杯。驛路衝衝馬蹄疾,故人相寄隴頭梅。

      歩『春日』韻寄夏凱      石倉秀樹

  冬宵醉夢上春臺,欣賞櫻花怒放開。石磴乘風香雪舞,旗亭迎客酒娘來。
  紅雲目下流千里,白首事前傾一杯。復醒寒齋見書案,詩箋插畫綻芳梅。

      江行寄石倉秀樹

  虛舟不繫離人岸,別是孤光與影分。近日浮空半天樹,連山橫臥一江雲。
  蒼蒼遠色渾如帳,漾漾漣漪忽成文。望斷平沙遺客鴈,暫來何必掠清濆。

      歩『江行』韻寄夏凱      石倉秀樹

  白頭消遣傾金盞,秋夜醉來從性分。夢想青天浮鳳舸,臥遊銀漢賞櫻雲。
  風中星散舞香雪,水上聲高裁韻文。幸伴繆斯磨古墨,欲將題壁立河濆。

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(詞)
      迎新春

  月映孤山路,自暗香無人護。流淺仍清趣。落英了、餐多許。白衣分、風流欲舉。二十載、折去。梅花天數。漸實紅易蠹。清明筆、如來相遇。
  夜涼花語,水困雲愈。春引領,靜寒夢底廊廡。時傳鶴弈青絲影,正圍棋、黑白知否。在人間,局面無情千年悔。玲瓏也生樹。或倚光縷,紅日尤錯。

      戀芳春

  落花霑衣,水涼薄霧,浸潯清迥天街。坐愛飄零,一粒月色幽探。隱隱寒江石岸,憶素手、忽卷青簾。隨影轉、酒後生涯,怎又相信春蠶。
  千山細雨,織愁若夢,無情影抱,回首雲瞻。不過輕舟,往事也擬三三。念好相思豆晚,洞門掩、身逸行潛。然啼鳥、枝上驚風約違,斜草還添。

      浣溪沙

  莫道春風怨別離。青青一柳折枝時。不如風雨兩依依。
  暗泊孤舟吹玉笛。空彈明月理冰絲。可憐殘夢唱新詞。

      采桑子

  東風欲遣梨花白,玉蕊初垂。一別相思,多病還攜清影歸。
  人間不似當時夢,已負心期。涼月如斯,滿樹珍珠露氣微。



      詩俳同牀           今田 述

 夕月や納屋も厩も梅の影 内藤鳴雪(ないとうめいせつ)

 内藤鳴雪(一八四七~一九二六)は、伊予松山藩の上級武士内藤房之進の息子で子規の二十一歳年長である。江戸中屋敷で生まれ育ったが、十一歳のとき父の転勤で松山に移り藩校明倫館で漢学を学ぶ。翌年父が京都留守居役となると、ともに上京し芝居・寄席・義太夫等に親しむ。文久三年十七歳で幹部候補生として明倫館に寄宿、子規の母方の祖父大原武右衛門に漢詩を習う。武士として第二次長州征伐にも参加したが、武人と言うよりも文人だっ

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たようだ。維新後昌平坂学問所に入り、松山に戻ると学区取締として小中学校の拡充に努め、県令岩村高俊に認められ三十三歳で文部省入り。一八九〇年参事官兼普通学務局勤務となった。子規の俳句活動とともに、「ホトトギス」に参加するようになる。子規も松山中学時代漢詩同人誌をやっていたから、大先輩とし尊敬していたらしい。
 梅は現代中国の国花である。日本へは奈良時代に輸入され、紀貫之の「花の色はうつりにけりないたずらにわが身世にふるながめせし間に」は、桜ではなく梅である。しかし中国でも唐代までは桃の花が主流で、梅が主流を掴むのは宋代である。ことに林逋が梅を詠んでから、「疎影」「横斜」「暗香」などの語は、それだけで梅を現すようになった。
 南宋のきようき姜夔 は詩文だけでなく、書画音楽など全ての藝術に通じた文人であった。彼は林逋の「暗香」の語を用いて詞を作った。詞は曲先詞後のポエムで、メロデイーが先に在りそれに合わせて詠む。しかし最初は作詞作曲を一緒に作った人がいる。この「暗香」はまさに姜夔が自らの作詞作曲で、従って暗香は詞牌でもある。

  暗香 暗香 姜夔(きようき)

 舊時月色 旧時の月色
 算幾番照我 おも算うに 幾番か我を照らしぬ
 梅邊吹笛 梅辺に笛を吹き
 喚起玉人 玉人を喚起し
 不管清寒與攀摘 清寒にかかわ管らずとも與にはんてき攀摘せしむ
 何遜而今漸老 かそん何遜 今や漸く老い
 都忘卻 春風詞筆 す都べて春風の詞筆を忘却せり
 但怪得 竹外疎花 た但だ怪しみ得たり 竹外の疎花
 香冷入瑤席 香冷やかにしてようせき瑤席に入るを

 詞は大方、前段・後段の二部構成になっている。ここでは前段だけで、後段を省略した。だがこれだけでも、いかに姜夔が柔軟な文人だったか解る。昔若い頃は月の下、梅の側で笛を吹き、美人を清寒に呼んで手折らせたこともあった。しかし今や老いた私は、当時の詞も忘れてしまった。ただ竹林の彼方から梅の香が冷ややかに席へ入るのを感じている。詞は詩にくらべて自由で優雅だ。それだけに文人としての優れた資質を要求される。わが国で詞を書ける人が殆どいないのも、文化への関わりが断片的で、文人としての素質が不足しているからだろう。

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by kanshiriun | 2015-02-24 17:21 | 2015年2月号
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